踏み越えて、いいことなんてひとつもない
朝から駅で大きな声が聞こえる。
ベンチに腰掛けた方が、電車に乗ろうとしている方になにかくだを巻いている。
と、書いたときに、ベンチに腰掛けた方をどちらの性別かと思いやすいかと言えば、多分、残念ながら、「男性」だろうと思う。
でも今朝は違った。反対だった。ベンチに腰掛けて電車に乗ろうとしている方にくだを巻いているのは女性で、絡まれているのは男性だった。
男性は、上下オフィス勤務のような格好ではあるが、足元だけサンダル。女性はきちんと化粧をし、所謂オフィスのカジュアルであるが、ベンチに腰掛けて、背もたれにもたれ掛かり、おおよそ早朝の駅には似つかわしいと言えない音量で、件の男性に何事かを終始浴びせかけている。
男性は笑っていたけど、本当に笑っていたかどうかは知れない。どちらの性別だろうとも、酔って自我を失い、大声をあげる人に絡まれるという行為は、ありふれているから見過ごされがちではあるけれども、多分に、おそらく、快適なものであると想像できる。
結局彼らがどうなったかは知らない。絡まれていた男性は、喚く女性を置いて、電車に「逃げ込んだ」かもしれない。この男女が既知の仲だったとしても、この線を踏み越えて、いいことなんてひとつもないように思えるけれど、酔いで自我を失えば、そんなストッパーはちぃとも効かないのだな、と、ホームの端でぼんやりと思った。