バンドマン(女)はかく語りき

ポップス系ロックをやっているバンドのバンドマン(女)、Vo/Keyのさえぐさです。Twitterで書ききれないことはこっちに書いていきまーす

午後2時を告げるラジオ、午前5時の街

あるはるかのさえぐさです。

 

「午後2時になりました」とラジオが告げるアナウンスを聞きながら歩く通勤路は午前5時10分。帰りに人で溢れている道はいまは誰もいない。昨日は何人かすれ違ったけれど、今日はたった1人、前を歩く人しかいなかった。

 

ラジオに集中していたので、魔女の店の猫への挨拶を忘れた。ガラス越しに、店の外が見える位置に置かれた椅子にちょこんと香箱座りしている看板猫。誰のことも嫌がらない。誰のことも意に介さない。薄目を開けて朝を見ている。

 

猫を通り過ぎてすぐ、ガラス張りの花屋さんがある。中はきっと、お花にとって最適な温度で、人間にとっては寒いのだろう。ここのお花は、緑も含めてとてもきれいだと思う。

 

駅前の富士そばの前で、鳩が2羽、何かを一生懸命つまんでいた。そこにはなにがあるのか、わたしには見えない。それだけちいさいものを捉える瞳には、この街はどう映る?住み心地はいかがですか。

 

駅の改札を通過する。朝5時台の電車はたぶんだいたい同じ人が乗っている、はずだ。わたしは見ているか見ていないかわからない目でぼんやりしているので、誰の顔もわからない。そもそも人の顔を覚えることが苦手だ。

 

あと10分ちょっとすれば、職場の最寄駅に着き、地下を通って地上への出口を登れば、しっかりと朝になった新宿の街が待っている。

酔いどれの、出勤の、退勤の、そこでいつも一夜を明かす人々の、住む街が、朝日に照らされているはずだ。

脱線、キャパシティ、自己責任

あるはるかのさえぐさです。

 

たまたまTwitterを開いたのがいけなかった。被害者ムーブを取りたいわけではないのに、どうしたもんか、傷ついてしまった。

 

Twitterの、たくさんフォロワーのいる方が、「バイトにしがみついて潰れていったミュージシャン志望や役者志望、ライター志望の方をたくさんみてきた。彼らは兼業を嫌がり、バイトに精を出していた。自分はライターとして一本で食っていくには、そもそもライターの賃金が低いので無理だと考え、兼業することを早々に決めた。いまのキャリアに満足している。」

 

別の方で、こちらの方もたくさんフォロワーのいる方だけど、諸外国の同様の趣旨をおっしゃっており、お二方の意見はだいたい一致しているようだった。

 

お二方は恐らく、正規雇用なのだと思う。わざわざ「バイト」という言葉を使っているから、きっと、そうなのだと思う。事実と違っていたら申し訳ない。

 

正規雇用で、3年間働いた。私はそこで音楽活動との両立に限界を感じた。正規雇用も、バイトで働いていたところに拾ってもらった。拾ってもらったことはとてもありがたいのに、私のキャパシティが全く足りなかった。「音楽活動を頑張りたいので」と言って辞めたけれども、ただ自分のキャパシティが足りなかったのだと思う。

 

そこから、色々なアルバイトをした。自分は「きちんとできる人間のはずだ」と思っていたから、接客業ばかりを選んだ。そうやって2、3年でどこに勤めてもこころが折れた。折れたこころは何か身体に信号を出す。いつもただ「なんとなく」辞めているふうを装ってきたけれども、きちんと振り返れば、わたしの身体は、いつも、限界になると信号を送っていたように思う。

 

そしていま。正規雇用で働く自分は、とても想像ができない。正規雇用は、怖いなあ、自分はとてもじゃないけれど、その責任を背負えない、キャリアを積むということは、とても恐ろしいことだと思っている。

 

好きで選んだ、と、そういう態度を取ることが、せめてものプライドなのかもしれない。きちんと見つめれば、好きで選んだわけじゃないのだ。やりたいことがあって、正規雇用との両立ができるほどの「器の大きさ」が、私にはなかった。レールから脱線した。ただ生きていくことにしがみついている今、「これからは兼業アーティストをきちんと認めていくべきだ」「夢を持って上京しようという子にこそ、きちんと仕事を持って、やりたいことをやる、という事を伝えるのがいいと思う」という声は、強く同意するとともに、「わたしはその中に入れないんだなあ」と、思う。

 

正規雇用と両立できなかった、こぼれ落ちた自分がいる。働かなくては食べていけないから、非正規雇用でも、しがみついて、働いている。これから正規雇用になるのは恐ろしすぎて想像ができないから、なんとか、目の前の現実を、生きている。

 

やれるもんなら、やりたかった。でも自分には、できなかった。

 

そういう声は、届かない。「自己責任」の4文字ですべては終わる話だから。だから私は「自己責任」でこの生を全うする。だれの同意が得られなくても。たくさんのフォロワーの方々がいるお二方のお話に、わたしのような人間は、「存在しない」としても。

わたしとコロちゃん

コロちゃんは、朝いつも私を待っている。

朝の私はいちばん体力があるので、コロちゃんを持ち上げることもばっちこいだ。

 

勤め始めのころ、コロちゃんと全然仲良くなれなかった。コロちゃんの命綱を断線させたり、コロちゃんがコロちゃんらしく横になってひっくり返ったり、狭い通路にコロちゃんが挟まって後ろから引っ張られたり、それは散々だった。

 

普通に(ふつうに?)やれば小一時間で終わる仕事が、わたしとコロちゃんの息が合うまで、1.5倍はかかった。最近やっとコロちゃんと息が合ってきて、素直に私の後をついてきてくれる。コロちゃんの命綱をぶっちぎることもなくなった。(2回ほど死なせた)

 

コロちゃんが素直に私のあとをついてきてくれるようになるまで、2ヶ月かかった。その間に私の指はバネ指になったけれども、それもまた致し方なしなのだ。

 

誰もいないオフィスにコロちゃんの音が響く。音で調子がいいか悪いかわかるようになった。一昨日はコロちゃんがどうも変で、何を吸うにも吸いづらそうで、よくみたら、ホースに穴が空いていた。

 

気づいてあげられなくてごめんよ、とコロちゃんに心の中で謝った。おこりんぼじじいに修理を頼んだら一発で元気になって帰ってきたので、昨日今日のコロちゃんは絶好調だった。

 

勝手に愛称をつけると、愛着が湧く。そうすると自然にメンテナンスも(ただ雑巾で拭いたり詰まってないか確認するだけだけど)力が入る。

 

わたしのコロちゃん。これからもよろしくね。

早朝10分のピアノとギターとちいさな声

あるはるかのさえぐさです。

 

今朝は成功した。早く起きて、支度をして、少しだけピアノを弾いて、声を出した。そう言えば、最近ギターを買った。ヤイリの、偽物(ではないんだけど)廉価版。実は2本目。1本目はそこそこ値段のする、エレアコを買ったけど、挫折して売った。わたしにはそういうところがある。岸田くんの大反対を押し切って、でっかいヤマハのピアノを買ったけど、いまはもう家にない。一度ライブハウスに持っていって演奏したら、案の定、運ぶことにより首の筋を痛め、しばらく左が向けなくなった。我ながら阿保である。

 

そして「これは私の手元に置いておく必要がない」と思うと、すぐに自分の部屋から追い出したくなる。音はとってもよかったから、レコーディングのときに使おうよ、という岸田くんの静止をまたも振り切り、ヤマハのピアノを売った。残ったのはあと2年払い続けるピアノのローン。実態のないピアノにお金を払い続けている。我ながら阿保である。

 

今回はそんな諸々の反省を踏まえて、ギターを買った。ローンを組まなくて済むような価格で、指がポークビッツみたいなわたしの手でも弾けそうで、多少雑に扱っても笑って許してくれそうな、アコースティックギター。これは完全な趣味なので、焦って上手くなる必要もなく、ただ、なんか、ギターたのしそうだな、と思ったことにより、わたしの部屋にやってきた。

 

今は便利だ。YouTubeを見れば、わたしのようなポークビッツのおててをしている人にも、こういうコツを掴めば弾けますよ、と教えてくださる方々がごまんといる。ありがたいことよ。

 

岸田くんが、ぼくが教えてあげるよと言ってくれたけど、またも無視した。ケンカになるのが目に見えている。絶対にケンカになる。岸田くんに教えてもらえるくらい、ある程度弾けるようにならないと、話にならんのだ。こういう場合、他人同士であれば、教わる側がどんなに下手でも教える側は「そういうもんだ」と思って摩擦は起きないだろうけど、10年も一緒に音楽やってる人間同士だったら、目も当てられない。たぶん。

 

そういうわけで、今朝はピアノと、楽器にふれてきた。そしてちいさく声を出してきた。どちらも10分足らず。でも今日は「成功」。そう思える。

inside you

あるはるかのさえぐさです。

 

最近自分が15歳くらいに戻ったみたいだ、と感じる。学校までの通学路、行きも帰りも、誰もいない田んぼを横目に、ずっとずっと同じ歌をうたっていた。当時はスマホなんてものはなく、ガラケーで、ポータブルで音楽を聴くといえばポータブルCDプレイヤーかMDプレイヤーが出たか出ないかのころで、当然真面目なわたしは恐ろしく厳しい学校に怯えていたので(自転車通学の誰それが、ヘルメットの顎紐を外していた、というだけでボコられる学校だった)何の機器も学校に持って行かず、必然的にアカペラで、大声で、同じ歌を何回も何回も歌っていた。

 

こう書くとまるで「歌が大好きなわたし」みたいに見えるけど、そういう気持ちはなかった。ただ口から、なにかを、胸に詰まるこのなにかを、自分では言い切れない何かを、音楽にしてくれた人の力を借りて、とにかく外に出したかったんだと思う。

 

なんでも忘れっぽいわたしが、あの通学路の些細なディテールまで覚えているのは、きっと、目に映るすべてが、歌うことによって、まるでひとつの映画のように思えてならなかったからだと思う。この映画のなかでは、わたしは主人公で、どんなに怒っても泣いても嘆いても、許された。音痴だろうとなんだろうと、帰り道に歌い、そのうちその癖は家に帰ってからも止まらず、一度母親にキレ気味に「歌うのやめて」と怒られたことがあった。

 

あのときあったのは、「歌いたい」でもなんでもなかった。「歌いたい」なんてはっきりした言葉ではなかった。ただ、ただ、掴める藁がそこにあったから、それは自分が真似できること、自分でできることだったから、息を吸って口から音を出せば良かったから、その藁にすがった。しがみついていた。しがみつきながら、溺れていた。

 

いまは溺れてはいないと、思う。自分ではよくわからない。大人になったら、「溺れる」体力や気力すらも湧かないんだと、思う。でも、藁をつかむ力だけは残っていて、私はいま、誰かが作ってくれた音楽にまた、一生懸命掴まっている。

 

この逡巡はいつか終わるのだろうか。終わったときこの世界は、私の目にどう映るんだろうか。私の目には今、世界が、まるで映画のように見える。

託された絶望

あるはるかのさえぐさです。

 

上間陽子さんが好きだ。Radiotalkでも話したけれども、上間さんの書いた「裸足で逃げる」は素晴らしい本だった。

昨日買った「海をあげる」は、それと同じくらい、もしくはそれ以上に素晴らしい本だった。

 

あとがきから一部分、引用させていただく。

 

「この本を読んでくださる方に、私は私の絶望を託しました。だからあとに残ったのはただの海、どこまでも広がる青い海です。」

(「海をあげる」 上間陽子著 筑摩書房 あとがき251pより)

 

託された絶望を、わたしはどんな形で世界に返せるだろう。この切実な思いを、どのような形で世界に残せるだろう。

現実世界になんら寄与しない、ちいさなちいさなひとりの人間が、この、託された絶望に、できることは、なんだろう。

 

何度でも考える。これから折に触れ、何度でも考える。

タイミングの重なりですくわれる

あるはるかのさえぐさです。

 

また朝早く起きられるようになった。出勤の1時間ちょっと前に起きると、仕事の支度(顔洗って着替えておわり、化粧は必要ないのである、恵まれておるなあ)をしてもまだ時間がたっぷりあるので、最近ラジオを聴いている。

 

今日聴いたラジオの相談コーナーが、ちょうど自分がいま削られている内容と似たような事柄で、熱心に聴いてしまった。

ラジオの相談コーナーが終わる頃に家を出る時間だった。miletの「eyes」というアルバムを珍しく最初から聴いてみるか、という気持ちになったので、一曲目から再生した。最近ずっとinside youだけ一曲エンドレスリピートしていたので、他の曲の印象があんまりなかった。

 

一曲目は「Again and Again」という曲だ。

歌い出しから泣きそうになった。誰もいなければ泣いていたとおもう。

 

朝になりかけている空に、雲が浮かんでいた。春の朝のそれは、とてもとても遠かった。昨日の雷を忘れ去って今朝がまた始まったのだと、言っているようだった。こうしたタイミングの重なりですくわれる。すくわれてきたのだと思った。