およぐ、およぐ、泳ぐ

不安障害です。日々のことを書いていきます。

花束の人

花束を左手に、クリーニング済みのスーツと傘を右手に、前を歩く人がいた。白髪混じりの、すらっと背の高い男性。

 

一段ずつ階段をあがるとき、ちら、と、左手の花束に目をやっていた。ブーケ。小さなものじゃない。誰かから貰ったのかな。もしかして自分で作ったのかな。

 

階段を昇りきったところで人混みに紛れ、男性は見えなくなった。新しくできたテナントに人が大量に並んでいる。久しぶりに見る光景。ディスタンスは保ちつつ、洒落たメニュー表を各々が一心不乱に見ている。なんの店なのか、店名に目をやったけど、全くわからなかった。斜体フォントの英語で、緑色で統一された店内のデザインで、たぶん、なんか「いいもの」なんだろう。

 

乗るべき電車の真向かいに、特急あずさが停車している。あずさだなあ、どこまで行けるんだっけと思っていたら、また、件の男性と鉢合わせた。やっぱり左手には、しっかりとした大きさの花たちが、握られていた。大切に握られていた。

 

男性はわたしとは反対の方向に歩いて行く。その後ろ姿にもう一度視線をやるのは不躾な気がして、頭の中で、反芻した。どうかあの花束が、クリーニングされたスーツが、電車の中で壊されませんように。きちんと、然るべき場所に辿り着き、大切にされますように。