およぐ、およぐ、泳ぐ

不安障害です。日々のことを書いていきます。

ど阿呆の反省文

1週間前にはじめた「あたらしいこと」を、今日辞めてきた。労働の話です。

 

1週間前は、あんなにうきうきしていたのに、案の定、それは「調子に乗っていた」ということだった、らしい。この1週間、寝ても覚めても落ち着かず、怖い怖いと泣いてばかりいて、一体わたしは何をしているのやら。ど阿呆。

 

もう金輪際、他人様に迷惑をかけることはすまいぞ、と、心に誓う。もし万が一、また同じような行動をしそうになったら止めてほしい、と、同居人1に頼むと、それは無理だよ、そういう時は何言ったって聞きゃしないんだから、とのこと。そのとおりです。

 

同居人2からは、携帯電話取り上げようかと思った、との言葉。いっそ取り上げてくれい、とも思った。ふたりとも本当にやさしい。

 

退職届を書きに行ったとき、研修してくださった方々もいらっしゃったけれども、当たり前のように目を合わせることなどできず、すみやかに退職届に記入をし、その場を去った。正味4日間の勤務でおまえは一体なにがわかったというのか、と、思われているだろうな、と思うし、せっかく教えてあげたのに、と思われても、当然のことと思う。むしろ、怒鳴られたりしなかったのは、本当にあの職場の方々が「大人」だからなのだ。「大人」だから、感情的に落胆を顕にしたりしない。静かに落胆しておられた。落胆もしていないかもしれない。もうそんなことは、こちらではわかりようもないし、考えること自体がおこがましいので、考えることを辞める。

 

こうしてまた、無職になった。今回ばかりは、自分のど阿呆加減に呆れてものも言えないが、どうしてこうなってしまうのか、それは、何もかもを怖がり過ぎているから、の一言に尽きる。この「怖がり」と仲良くすることなしには、わたしの社会生活は成立し得なくなってしまうんだろう。休んでいるあいだに、「怖がり」と仲良くなりたい。仲良くしたら、きっと安心してくれて、かようにして他人様に迷惑をかける所業を思いつきで行うこともなくなるだろうから。

 

退職届けを提出した帰り道、駅のホームで詩ができた。久しぶりに書いた。書いてすぐTwitterに投稿して、ついでに、Instagramもはじめてみた。写真などつけず、文字のみの画像をインスタにがんがんアップした。書き溜めてあった詩たちだった。白地に黒文字のシンプルなそれが、インスタの華やかなタイムラインに、ぽん、ぽん、と投下されてゆく。なぜだが文字たちがのびのびしているように見えて、これから、少しずつ投稿していこうと誓った。