およぐ、およぐ、泳ぐ

不安障害です。日々のことを書いていきます。

積ん読はいいぞ

今週のお題「読書の秋」。療養中はやることがない(やることがないほうがいいのだけれど)ので、よく本を読んでいる。読んでいるけれど、読んだそばから内容は忘れている。最近読んだ本を並べてみようかな。

 

・東京の生活史(まだ読んでいる途中)

・いちから聞きたい放射能のほんとう(ずっと昔に買って積んであった)

・質的社会調査の方法──他者の合理性の理解社会学(ずっと昔に買って積んであった)

NHKテキスト 100分de名著 アレクシエーヴィチ 戦争は女の顔をしていない(最近買った)

NHKテキスト 100分de名著 ブルデュー ディスタンクシオン(最近買った)

・名詩の絵本(最近買った)

・お金の学校(最近買った)

・Water(最近買った、こちらは画集です)

 

など。それから、noteの微熱さんという方の記事を貪るように読んでいる。とっても面白い方なのだ。

 

note.com

 

今日は「百年の孤独」も読んでみている。全然内容は頭に入ってこないけれども、目で文章を追っていると落ち着く。

 

さきほど挙げた本も、全部読んだは読んだけれども、内容が残っているかといえば、ちぃとも覚えていない。だいたいいつもそう。内容は覚えていないけれども、感触だけ覚えている感じ。それが好きで本を読んでいる。読むこと自体が好きなんだろうなあとも思う。感動したとか、考えた、とかもあるけれども、読んでいるときに、「じーん」とするかどうか、が、大事な感じがする。今の自分にとって、読書とは、「じーん」とするかどうか、が、ポイント。

 

それが人文書であれ、詩であれ、小説であれ、なにか自分とつながるものがあると、「じーん」とする。感動しているのかもしれないし、考えているのかもしれないし、それら含めて「じーん」とするのである。昔はよく線を引いて読んでいたけれども、それは覚えておかなくちゃ、と意気込んでいたからで、今は、覚えているかどうかはどうでもいいや、と思っているので、もっぱら読書するときは手ぶらなのである。

 

手ぶらで読む本はとても良い。ためになるとかならないとか、どうでもよく、ただただ文章に浸る。このうえなく自由だなあと感じる。どこかに出掛けるのが苦手になってしまった代わりに、わたしは、文字の中で自由になっているなあと思う。それも、調子が悪ければ文字は遊んでくれないので、文字の中で自由に遊ぶためにも、最低限の元気(体力)は必要だなあと思う。

 

 

先に挙げた本、それから微熱さんのnote、とっても面白いのでぜひ読んでほしい。そういえば、積ん読ってやっぱり大事だなと今回思った。4年以上前に買った本を今更読んでも、面白かったんだもの。