退職した日
今日は雨らしい。昨日はここちよく晴れ渡った空だった。
退職届を出してきた。
職場に行くまで、吐きそうなほど緊張していた。前日電話でお話したときに、「退職届を書いてもらおうと思っていた」と言われていて、その発言の真意を測りかねており、飛び道具を使って退職することにしたわたしに対して、上司が良い気持ちを抱いているはずがないと思っていたからだ。
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退職するのだから、もう、何を言われても仕方ないな、と思っていた。退職を告げた日から、どこか頭がへんに冴えたままで、冷たい気持ちがすぅっと、こころの底に居続けた。退職届を出しに行ったら、多分冷たい態度を取られるのだろうな、手のひら返されるのだろうな、それくらいのことをしたのだから仕方がないな、と、何度もひとりごちていた。そして昨日、お詫びのお菓子を持参しつつ、職場に行ったわけである。
誰の目にもつかない時間を狙って行ったので、まず、置きっぱなしだった荷物をロッカーから回収した。靴はその場でビニール袋に入れて捨てた。制服、ベルト、小物類を入れていた袋、消臭剤に制汗剤。1年いなかったけれど、9ヶ月いればそれなりに物を置いているものだな、と、少し思った。いらないものは靴と一緒に捨てて、必要なものだけを鞄にぎゅうぎゅう詰める。行きはすかすかだった鞄が、あっという間に不自然に膨らんだ。
そして事務室へ赴くと、上司と、さらに上の上司が待っていてくれた。
「お疲れさまです。すみませんでした。」
と小さく言うと、
「じゃあこっちの部屋でいろいろ書こうか。」
と奥の部屋へ通される。
このときの声色がもう、優しかった。なので、「あれ?」と思ったのが正直な気持ち。「退職届書いておいといて、じゃあね」くらいの勢いだと、こっちは勝手に身構えていたから。
奥の部屋で退職届含めいくつかの書類に記入するあいだ、上司は、ずっとそばについていてくれた。わたしは手がずっと震えていて、うまく書類に記入することができなかった。
「有給あと3日残っていたから、それも全部使っちゃおうね。あと、健康保険の脱退手続きに、うちの会社はすごく時間がかかるの。通院で保険証使うと思うから、もう少しそれは手元で持っていていいよ。どのタイミングで返却してもらったら、最短で手続きしてもらえるのか、上に掛け合ってみるからね。」
どうしてこんなに優しい言葉をかけてくれるのだろう、と、涙がぼたぼた出た。
「優しくしなくていいんですよ、わたしが悪いのに、ほんとうにほんとうにすみません。」
と言うと、
「もっと早く辞めさせてあげればよかったのに、ごめんね。」
と、上司も泣いていた。
上司の上司の方も、
「生活は大丈夫なのかい?まだ若いんだから、なんとかして生き延びることだけを考えるんだよ」
と言ってくださった。
「貧乏くじを引かせてしまってほんとうにすみません。もっと長く働ければよかったのに」
と言うと、
「そんなことは気にしなくていいんだよ」
とにっこり笑ってくださった。
わたしは、どうしてこんなにラッキーなんだろうと思った。もっと辛くあたられても文句は言えない立場なのに、どうしてこんなに優しい言葉をかけてもらって退職できるのだろうと、おいおい泣いた。ありがたくて仕方なかった。
持参したお菓子を手渡し、全ての荷物を回収して、わたしの仕事は終了した。
鞄はぱんぱんで、両手は、上司と、その上司からもらったやさしい言葉でいっぱいだった。