およぐ、およぐ、泳ぐ

不安障害です。日々のことを書いていきます。

不具合と共に働く

2020年の6月に休職した。その1ヶ月後に退職した。よくある話だと思う。突然仕事に行けなくなったので、休職したけれど、当時の自分には復職できる見込みがなかったから、そのまま辞めることにした。

 

当時の上司は自分よりも歳下の女性で、とてもしっかり者で、やさしく、己の不具合を受け止めてくだすった。感謝しかない。

 

本当は、あと少し休職してから退職すれば「傷病手当」とやらがもらえたのだけれど、そんなことよりも、この上司に、そして職場に迷惑をかけたくなく、何より頭が働かず、とにかく退職した。

 

それから方々の公的機関の方にお世話になった。私と接してくださった公的機関の相談窓口の方は、どの方もとても親切だった。

あの頃はまだコロナがここまでの状態じゃなかったからかもしれない。

私が女だったからかもしれない。

支離滅裂の私の話を根気よく聞いてくれ、支援の方法を提案してくださった。

 

公務員の方々は、世間から悪く言われがちだ。

だけど私から言わせれば、たしかに冷たい人もいるかもしれないけれど、彼ら彼女らは、少なくとも窓口に立って私を受け止めてくれた方々は、どなたも親切だった。

 

「いのちの窓口」にも電話したことがある。

どこの誰かもわからない、全国で待機している相談員の方が話を聞いてくださった。

この方たちも、話を一度聞いて終わりではないのだ。必要と判断されれば、何週間かおきにフォローアップの電話をくださる。

やさしい年配の方だった。関西の方だったように思う。3度ほど電話をして、私は彼女との相談を卒業した。

 

公的機関の方にお世話になり、いのちの窓口にお世話になり、そしてメンタルクリニックの先生にお世話になりながら、いま、また社会復帰をしている。

 

本当は正社員になってみたかったけど、面接を受けては落ちるたびにどんどん心が荒み、受かったあとの自分にも全く自信が持てなかったから、もう、潔く諦めることにした。いまは、清掃の仕事を、非正規雇用で行なっている。

 

どうしてもうまくできないことを、たくさんの方々が受け止めてくれた。そして今があるけれど、現在の職場には、私のいまの状態をクローズにして働いている。

 

仕事中に合間を見つけては、頓服の薬を飲んでやり過ごす日々だ。「最初はそれでもいいよ。我慢しなくていいよ。」と主治医が言ってくれたから、その言葉にちゃんと甘えている。

 

肉体労働だから精神疲労はないと思っていたけれど、甘かったな。日が経つにつれ、どんどん参っていって、今週は頓服を手放せない日々だった。

 

その時にいつも思い出す。

「治療しながら働いている人は、みんなお手洗いのタイミングで頓服を飲んだりしながら、なんとかやり過ごしているよ」という先生の言葉を思い出す。するとなぜかほっとする。この広い広い建物の中にも、私と同じような人がきっと、どこかにいるんだろう。

 

不具合と共に働くこと、不具合と共に生きていくことになったひと、私はあなたを勝手に同志と感じているよ。

今日もやり過ごしたいね。やり過ごせるように祈ってるよ。わたしもなんとか、やり過ごすからね。